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「…見つからない」
家庭教師をしよう!と決めたあの時の自分を全力で殴りたい。
ニールはそんな気持ちを抱えたまま、スミルノフ邸の庭を歩き回っていた。
あの子ども―――ハレルヤは、この家の主の実子ではない。
何でも、ここの主であるスミルノフ氏は、幾人かの子どもを引き取って育てているのだという。
ハレルヤを含めて合計三人の親である彼は軍人で、軍が運営する孤児院から子どもを引き取ってきたと言っていた。
『こんな仕事をしているから、罪滅ぼしのつもりに見えるかもしれないがな』
そう言って苦笑したスミルノフ氏の瞳は、既に立派な人の親のものだった。
今回の家庭教師の件も、成績が急に下がった真ん中の子―――ハレルヤの今後を心配しての措置だし、時間さえあれば彼自身が教えるつもりだったのだという。
だが、急な長期出張が入ってしまった上に、周囲の大反対に合った彼はどうすることもできず、仕方なしに家庭教師センターに登録したばかりのニールを指名してきた。
なぜ、わざわざ登録したての…つまり、経験皆無の新人家庭教師を選んだのかと聞けば、これまでにも何人かベテランの家庭教師を雇ったらしいのだが、その全ての人が辞めてしまったからだとスミルノフ氏は苦笑していた。
要するに、奇をてらったというところだろうか。
理由を聞いた時は、その程度の認識だった。
しかし、その苦笑の意味が、今のニールには痛いほどによく分かる。
(こんなに手のかかるお子様が相手なら、確かに辞めたがる奴もいるだろうな…)
今は二階の自室にテキストと共に押し込んである子どもの顔を思い浮かべて、思わずため息が出る。
監督するものがいないのだ、与えたテキストも、どうせやっていないだろう。
初日から先が思いやられる。
目頭が熱くなるのを堪えながら、あちこち深い茂みをかき分けてみるが、友人の力作は一向に見つからない。
せめて、電源を入れてあればもっと簡単に見つかるのに…とは思っても、後の祭りだ。
子どもの心がつかめるかも、と渡されたのに、逆にこちらがハレルヤに遊ばれてしまった。
いや、掴んだといえばある意味掴んだのだろうか?
もはやそんなことさえどうでもいい。
とにかく早くハロを見つけ出して、課題を回収して、今日はもう帰ろう。
スミルノフ氏もハレルヤのやんちゃぶりはよく分かっているから、カリキュラムについては多少の変更があっても構わないと言っていたし……。
『アー』
「!」
突如、自分が見ていた草むらとは全く別の場所から、甲高い機械音声が聞こえてきた。
間違いない、ハロの声だ!
生徒に会わせる前に何度か電源を入れて親睦を深めていたニールはすぐに声の主をハロだと断定して、茂みへと向かう。
幸いなことに、落ちた衝撃か何かで電源が入っていたのだ。
(よかった、日が暮れる前に見つかった―――――!)
喜び勇んで植え込みをかき分けたニールは、しかしその場で固まってしまった。
「…ハレルヤ」
そこには、二階の自室で自習をさせていた筈のハレルヤが、ハロを抱えて座り込んでいたのだ。
興味本位で確認しに抜け出してきたのだろうが、まさか電源を入れてしゃべり出すとは思ってもいなかったらしく、ひどく戸惑っている。
その隙にうまく逃げ出したらしいハロは、ぴょんと一跳ねしてニールの足元へと飛び込んできた。
ひとまずマイクロユニットの確保には成功した、と安堵しながら、ニールは目の前の子どもをじっと見やる。
「お前さん、課題やれって言っておいたよな?」
さすがに殴ることはしないが、言いつけを守らない生徒にはそれなりの制裁を加えなければならない。
生徒が嫌いなわけではないのだが、課題をやらなかったことで何の咎めもなかったら、子どもは学習しないのだ。
そんなことを考えながら子どもを見つめていたニールは、そこで初めて違和感に気がついた。
いや、大人しく人の話を聞いていた時点で気付くべきだったのだが。
好き勝手な方向にはねた黒髪も、若干釣り上った大きな目も同じだったのだが――――顔の半分を隠す前髪の分け目が、鏡で映したように反対だったのだ。
それに、よく見てみたら、目の前の子供は目の色がハレルヤの金色ではなく、落ち着きのある銀灰色の瞳だった。
「…あの、もしかして、あなたが新しい家庭教師?」
思っていた通り、ハレルヤとは思えないような穏やかな声がその口から洩れる。
まさか、とは思っていたもののひどく吃驚したニールは、しかしそうとは悟られないように小さく息をついた。
「……お前さん、もしかしてハレルヤの兄弟か?」
しゃべらなければきっと気づかなかっただろう、そう思っても過言ではないくらい、目の前の子どもはハレルヤにそっくりだった。
そんな相手の気持ちが手に取るように分かったのだろう、妙に慣れた苦笑いを浮かべた子どもは、小さく頷いてみせた。
「名前は―――えっと、確か」
「アレルヤです。アレルヤ・ハプティズム」
ハレルヤと似たような名前だった、という記憶はあったのだが、担当を言い渡されたのはハレルヤ一人だったので、一瞬名前が出てこなかった。
しかしそんなことで気分を害した風でもなく、子供は自らそう名乗った。
アレルヤ。そう、そんな名前だった。
ハレルヤの双子の兄で、成績は良くもなく、悪くもない。
学校生活には比較的すんなりと馴染んでいるらしく、友達もわずかながらにいる。
ただし、生育環境が良くなかったのか、兄弟そろって若干成長不良のようで―――それが、兄であるアレルヤの方が顕著らしい、というのは、見ていてすぐにわかった。
骨ばっている腕が再びハロに伸びようとしているのを見て、ニールは思わず苦い顔になる。
「あ、ごめんなさい。これ、大切なものなんですよね?」
「いや、触るくらいなんでもないさ。壊さなければな」
ニールの表情を違う方向で解釈したアレルヤが手を引っ込めようとしたが、すぐにそれを否定してハロを渡してやる。
「そいつはハロ。俺の暫定的相棒…ってところだ」
「ハロ…ぼくはアレルヤ。よろしくね」
『ヨロシクネ ヨロシクネ』
害はない、と判断したのだろう、アーだの何だのと言っていたハロは、今度はまともにアレルヤの声に応えた。
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9月新刊「My Private Teacher」より抜粋。
現代パロでニール18歳とアレルヤ13歳のかてきょ&生徒ネタ
ほのぼのです
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