※02/08「全国大会R6」新刊一部抜粋(過去回想シーン)
――――――ソーマが、スミルノフ家を出ることになった。
それを聞かされたのは部外者たるニールが最後で、生徒であるアレルヤもハレルヤも、そして彼らの義理の妹たるソーマ自身も、とっくに承知済みの事象であった。
何処の大学に入るか、という事で当事者であるアレルヤ達以上に頭を悩ませていたニールにとって、その話は驚いたらいいのか祝福したらいいのか分からない話で、伝えられても正直反応に困る話ではあったのだが―――それは相手も同じだったらしく、困ったような笑顔で返された。
それでも伝えられたのは、恐らくニールが家族並みの付き合いを続けてきたからなのだろう。
ニールは、そう自身を納得させた。
『本当の家族が見つかったんだそうです。ソーマは、ちょっとした手違いで孤児になっただけらしくて』
この間、お姉さんだという人にも会ったんですよ、と笑うアレルヤの表情に、ニールは僅かに引っかかるものがあった。
彼の話によれば、ソーマの家族はマリー・パーファシーという北欧系移民の女性で―――丁度、アレルヤ達と同い年なのだという。
両親が亡くなった後で妹の存在を知った彼女は、孤児院から聞き出した情報を元に、自力でスミルノフ家を見つけ出したというのだ。
それだけ熱心に探してくれた事と、何より会うなり涙混じりにソーマを見つめた彼女の様子が、ソーマに家に戻る決心をさせたらしい。
当然養父たるセルゲイは一度引き取った子どもだから、と渋ったそうなのだが―――結局、本人の希望を優先して、戻ることを了承したそうだ。
そして、ニールの思案事の根幹にあるのは、ソーマの家の事ではなかった。
『とても落ち着きのある人でしたよ』と、ソーマの実姉だという女性をそう評価する自らの生徒に、彼は頭を悩ませていたのだ。
何故そんな事で頭を悩ませるのか…その理由に思い当たらない程青臭くはないニールには、当然、とっくに思い当たる節があった。
何年か前から首を捻ってきた感情でもあったので、それが明白化しただけ、逆に頭がすっきりしたくらいだ。
(…当然、言える訳ないけどな)
こちらの気も知らずに、件の「マリー」について話す生徒を見やりながら、ニールは心の中でこっそりと嘆いてみせる。
同じ年頃の少年だったなら、「どうして自分の前でその話をするのだ」と彼に詰め寄ることもできたのかもしれない。
しかし、実際には極端に離れていないとはいえ近いとも言い難い年齢差と、『家庭教師とその生徒』という、隔たりを意識するには丁度いい壁が二つも存在していては、それもかなわない我儘だ。
生徒側なら言えたかもしれないが、いかんせん、ニールは教師側なのである。
いくらアレルヤにかわいいと言おうが「先生は冗談がうまいね」と返されるだけだし、肩を寄せても教師としてのスキンシップ以外の意味になりえない。
少し前までなら、その割り切り感が気楽だと笑っていられた筈なのに、今ではその「割り切り」が嫌で仕方がない。
すっかり、教師失格である。
もとより立派な教師であるつもりはなかったのだが、立場をわきまえることが全くできなくなってきたとなれば、話は別だ。
何の影響を受けたのか、最近教職に興味を持ち始めた生徒の良い見本ともなるべき自分がこれでは、示しがつかないではないか。
「先生?」
「ん?どうしたアレルヤ」
「…いえ、さきほどからハロの頭にシャーペンが当たってばかりだったので」
おずおずとアレルヤが指摘する通り、ハロの頭頂部(?)には芯の跡がついてしまっていて―――慌ててペンを手放したとたん、ハロがくるりと振り返って『ヒドイ! ヒドイ!』と怒りだす。
「悪かったって、相棒」
謝ってみるものの、憤慨している相棒にはあまり聞こえていないらしい。
参った。
ニールは困り顔のまま視線を逸らそうとして―――、つい、アレルヤの方を見てしまう。
「…あ」
「アレルヤ?」
と、向けた視線がアレルヤと合ってしまい、なぜかアレルヤが気まずそうに苦笑を浮かべた。
いつもなら愛想笑いではあるが穏やかに微笑み返してくれる彼の珍しい所作に首を傾げて、ようやくニールは思い至った。
(そうか、授業をするのはこれが最後か)
教える分野が異なってきてから、ニールは二人同時にではなく、一人ずつに時間を割いて授業をするようになっていた。
その方がのみ込みも早いというのもあったが、家庭教師という立場で無理に一対多数という形式にこだわる必要はない、と気づいてから始めたことだった。
多少、弟であるハレルヤの態度の棘は増したのだが、そんなものはニールにとって大した苦ではなかった。
――――――その楽しい個人授業も、今日が最後だったのだ。
アレルヤの挙動ばかりを気にして失念していた事実に思い当たるなり、ニールは内心ひどく焦った。
連絡手段はあるので寂しいということはないのだが―――どんな話を振ったらいいのか、分からない。
しかしそれはアレルヤも同じだったようで、先ほどから落ち着きなく何度も視線をこちらに向けたりしながら、何を話そうかと頭を悩ませているらしかった。
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時間軸は卒業した後がメインで、ちょびっとだけ回想。(これ(↑)は回想シーンです)
全国新刊ですー。
私は急用のため当日欠席いたします。
当日は売り子さんにお任せという形で販売はしておりますので、ちらっと立ち読みにでもいらしてくださるとうれしいです!
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