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【TOA】ガイジェ

※時計の時刻表示(21:35)に萌えて突発的に出したという奇跡的な本(完売済)の一部抜粋。










―――――今まで、年配やら年上の人間の相手には、慣れていたつもりだった。
『つもりだった』と過去形になるのは、それを突き崩してくれやがった人間がいるからだ。
最初は単なる年齢詐称かと思っていたが、三十六歳のマルクト皇帝と幼馴染だというあいつは、間違いなく三十五歳。
周囲の人間も、軒並み三十代とは思えない若々しさを見せ付けていることから、これがマルクト軍人というものなのだろうか――――…と、隣で愛想笑いを浮かべているフリングス少将を見ながら、俺は例のあいつ―――旦那を思い出していた。

食えない笑みと、三十もそろそろ後半に入ろうかというのに衰える様子の見えない美肌の持ち主にして、性悪。
――――目下俺の一番の悩みの種であるあのおっさん――――…つまり、ジェイド。
ヤツの存在は、よくも悪くも、俺の考える三十路以上のどの人物にも当てはまらず、対応の仕方もどうしたらいいのか分からない…そんな悩みの元になっている。
老齢の人間のように労わるべき年でもないし、かといってただの中年とくってかかると、こちらが痛い目を見る。
殊仕事に関しては疲れというものを知らず、性分なのか、こちらが手伝おうかと声をかけても突っぱねる始末。
いつか誰かが『責任感の強い方なんですよ』と、羨望交じりの目をして言っていたが――――それはどうやら真実らしい。

最初は、あのおちゃらけたおっさんの何処に『責任感』なんてものがしまわれているのだか、と内心笑ったものだったが、あの鬼気迫る雰囲気を見せられると、その言葉に頷かざるを得ない。
今日も、フリングス少将の手伝いにかこつけて軍本部に入り込み、旦那の様子を見てきたが――――山のように積まれた紙に囲まれて、涼しげな顔でひたすらに手を動かしていた。
極力音を立てないようにドアを開けてみただけだったし、気配も消してはいなかったが、それでも旦那は気付いているのかいないのか、こちらを見ようともしなかった。
それだけ集中して気付いていないのか、それとも気付いていても反応している時間が惜しいと思えるほど、忙しいのか。
両方ありえる事なだけに、俺はなんだか笑えない気分だった。


「――――…と、これで最後です。本当にありがとうございました、ガイさん」

「え、ああ、気にしないで下さい」

本当に助かった、といわんばかりに感謝の意を表すフリングス少将に、俺は得意の愛想笑いで応じる。
笑いかけられて気分を悪くする人間なんて、そう滅多にいるもんじゃない。
案の定というか当然というか、少将もほっと笑いかけてきて、言葉尻に「お礼に、今度夕食でもご馳走しますね!」と付け足した。
「手伝おうか?」と笑いかけて―――――それに壮絶な笑みでもって「結構です」と凄んでくるような人間なんて……そう、旦那くらいなものだろう。
こっちは完全に善意からの言葉だったのに、重要書類が混じっているからとか何とか、理由を説明してくれればいいのに、それどころか、怒りを見せるだなんて。
全くもって心外だ。

「あの…ガイさん?」

「え!?あ、はいっ!?すいません、何の話でしたっけ」

「ジェイド大佐の事です。その……お時間があるようでしたら、大佐の様子を見に行っていただけないか…と」

少し言いづらそうに、フリングス少将は小声で言った。
元より兵士達の喧騒で声など響き渡る状態ではないのだが、それでも言いづらさ故だろう、少将の声は蚊が鳴くかのように小さく、聞き取りづらいものだった。

「すいません、手伝っていただいた上に、こんな事まで頼もうだなんて…ッやっぱり」

「いえ!お気になさらずに――――…しかし、一体どうして俺なんかに?」

慌てて、「聞かなかったことに」と言いかけたフリングス少将の言葉を遮って、俺は素直に疑問を口にする。
こっちは、共に旅をしたとはいえ、軍人として長く同僚をやってきた少将よりも付き合いは短い。
その上…軍の内情にも詳しくない、部外者だ。
様子を見てこようにも、機密に関わるものを見てしまう可能性だってあるし、忙しそうであっても、そういったものならば手伝うこともできない。
それを言うと、フリングス少将は困ったように笑った。

「その…同じ職責にある私が言うのも何ですが…、大佐はどうにも頑張り過ぎる所がありまして」

言いながら、ふと少将は遠い目をする。

「同僚なのですし、私や他の方を頼ってくだされば良いものを―――――…信用されていないのでしょうか、いつも一人で仕事を片付けてしまわれるのです」

勿論、優秀な方ですから、無理をしているつもりはないのかもしれないんですが、と小さく付け足すものの、その表情は不満げだ。

「なのですが、ガイさんには、なんでもない用事でも簡単に言いつけたりしていたので――――信用されているのかな、と」

「信用!?……俺が、ジェイドの旦那に…ですか?」

単にどうでも良い用事でこき使われている…という意識しかなかった俺には、意外な言葉だった。
驚いている俺を見て、少将も少し驚いたようだったが、しかしそれでも動じることなく、説明するように続ける。

「大佐は…自分の部下にも、滅多に用事を言付けたりはしないのです。第三師団の者は皆、大佐が言うならば喜んで雑用でもこなす、と息巻いているそうなのですが―――ガイさんに先を越されて、悔しがっているのですよ」

「はぁ…」

「ちょっとした用事を頼むだけでも、大佐にとっては信用しているという証拠なのだと思うんです。ですから…あの、出来そうでしたらお手伝いをしてきてくださいませんか?」

「少将、言葉を返すようで申し訳ないんですが…俺、一度断られて」

「お願いします!私達がかけあっても、『大丈夫ですから』の一点張りなんです。このままじゃあ、いつかどうにかなるぞ、と陛下からも脅されておりまして…ッ」

少将の言葉に、俺は思わず黙り込んでしまった。
…成る程、確かに陛下の気持ちもよくわかる。
ジェイドは、ひん曲がったその性格を除けば、優秀な臣下だ。
幼馴染という間柄なりに心配もあるのだろうが――――そうした甘えを許さないのが、ジェイドという人間だ。
それをよく分かっている陛下は、優秀な部下が暫らく使用不能になるような事態は避けたい―――という口上で、ジェイドを心配してやっているのだろう。
実際にジェイドは軍人…臣下としては優秀らしいし。
そのついでに幼馴染としても心配している、というのが陛下の内心なのではなかろうか。
……それを脅しのように少将に伝える、という行動はともかくとして。
ともあれ、俺が閉口するくらいには、フリングス少将の言葉には必死さが篭っていた。
それだけ陛下の脅しが強烈だったのか、それともここまで必死になる位、旦那が心配なのか。
俺にはどちらとも判断がつかなかったが、何故だか、どうにもすっきりしない気持ちだった。

「―――――分かりました。ですが、あんまり期待はしないでくださいね」

結局、少将に根負けするような態度で、俺はその願いを受け入れることにした。
実際、突っぱねられたとはいえ、旦那の様子は気になっていた。
それが、正式な口実つきで実行に移せることになっただけの事――――そう思うことにして、俺は少将の感謝の言葉を背に、本部の奥へと歩き出した。

期待に満ちた少将の視線を背中にビシバシ感じたけど、俺には少将が期待している通りの働きをする自信はなかった。



 

■                    ■



 

兵士の詰め所や会議室のあるフロアを通り過ぎた更に奥にある、ジェイドの執務室。
騒がしい軍本部の中でも奥のほうにあるせいか、人通りは少なく、地下のタルタロスのドッグのような数の見張りもいないので、人の気配もそう多くはない。
単にここが執務室が集中するエリアであるせいなのだろうか、軍本部の中でもこの辺はやはり、特に静かだった。
何だか、旦那が好みそうな静けさだ。
そんなことを考えながら、先日と同じ見張りが立つジェイドの執務室へと視線を向ける。

「あ――――」

「えーと…こんにちは」

あっちも、俺がこの間旦那から締め出しを食らった相手だと分かったのだろう、一瞬呆けたような顔をしたかと思うと、気まずそうに苦笑を浮かべる。
と、次の瞬間、彼はちら、と扉を見やったかと思うと、小走りにそこから離れて俺の方へとやって来た。

「ガイさん、ですよね」

「あ、ああ」

「少将や陛下からお話は伺っております。あの――――」

「分かってるさ。様子を見て来い、だろう?」

「ええ…そうなんですけど……先ほどからペンの音がしなくて」

「……………居眠りか?」

心配げな(恐らくはジェイドの部下の一人なのだろう)兵士の言葉に、俺は思わず、そうであってくれ、という願いもこめて、小さく尋ねる。
だが俺の願いも虚しく、兵士は逡巡の後、はっきりと首を横に振った。

「いえ。大佐は仕事の最中に机で眠ってしまわれるような事はありません。――――眠る際は必ず私どもに声をかけられます、し……もしや倒れているのではと心配で」

「!なら早くッ」

「ですが、『誰も部屋に入れるな』…と、先ほど言付かったばかりでして」

困ったようにそう答えて、彼は殊更心配そうに、そっと扉の方を見やる。
そう指示を受けたのはさほど前の事ではないのだろう、そうした師団長の命令があるから、自分は入るに入れない。
そういう事らしい。

「…じゃあ俺も通すな、と?」

「ええ、そう言いつかっております。『特に、ガイには注意してくださいね』と…」

まさか、邪魔立てする気か…?
俺は思わず身構えたが、しかしそうではない、とばかりに兵はぱっと顔を上げ、小声だがしっかりとした声で、それを否定した。

「邪魔をするつもりはありません。こちらも大佐の指示の後で、陛下より『ガイラルディアを通すように』と仰せ付かりましたので」

にっこりと笑ってそう言うと、「ですから、さぁどうぞ」とばかりに道を譲る。
こうした食えない所―――長口上の上道を明ける、という回りくどさ―――なんかが、ジェイドの部下たる所以なのだろうか。
なんだか妙に疲れた気分になりながら、「ありがとう」と短く言って、俺は執務室の扉の前へと立った。
成る程、見張りも心配になる訳だ。
以前ここへ来た時にこの位置からでも聞こえていたペンの走る音と紙が盛大に移動する音(おそらく紙を一枚一枚ではなく、数百枚単位で動かしていたのだろう)とが、今では全く聞こえなくなっている。
これは、力尽きてそのまま寝ているか、あるいは過労か何かでぶっ倒れているか。
平和な選択肢が思いつかないあたりが旦那らしいし、ちょっとどころじゃなく笑えない所だ。
どちらかといえば前者の方が平和だろうが――――そうだとしても、医者に診せる必要があるだろう。
というか、寝ているなんて選択肢が現れる事自体俺にとっては信じられない事だ。
大地が崩落しようと眉一つ動かさなかった男だ―――仕事が詰まっていたからといって、ぱったりと寝入ってしまうような…そんな人間味があるとは思えない。
失礼なことを平然と考えながら、俺は一応、一声かけてからノックをする。

「だんなー、入りますよ?」

もう一度。
その一声で、わずかに身じろぐような気配がしたが、しかしやはり、大きな反応はない。
そう判断すると、俺は後ろの見張りの視線を感じつつも、ゆっくり扉を開いた。

「!っ」

…と、そこには、見張り兵の指摘通り、ペンを持っていない旦那の姿があった。
しかし、その代わり額に手を当てたまま、ぴくりとも動かない。
倒れている訳でも、寝ている訳でもなかった。
その事実にほっとしながらも、しかしペンを持っていないという状態それ事態が異常だと感じ、俺は眉を顰める。
…というか、どう見ても異様だ。
仕事が終わって一息ついている、という風景には、とてもじゃないが見えない。
その証拠に、旦那の執務机の上には、山のような量の書類が載っている。
そして、旦那の目の前に置かれている報告書のようなものも、書きかけのようだ。
おかしい。
明らかにおかしい。
いっそ怖くなってきて、俺はそのままその場から立ち去りたくなった。
…しかし、ここで逃げてしまっては、少将の必死の願いも陛下の心配も、全部投げ出したことになってしまう。
そんなことを脳裏に思って、俺はなんとか旦那へと一歩にじり寄った。

「…えーと…なに、してるんだ」

若干震えてしまった声は仕方がない。
驚いているからだと思ってもらおう、と開き直り、俺はとりあえず旦那にその妙な状態の説明を求めた。
すると、顔は動くのだろう…ぎぎぃ、と片目だけが見えるくらいこちらを見ると、ジェイドの旦那はその瞳だけでにぃ、と器用に笑ってみせた。

「……そんな事はどうでも宜しい」

「………………いや、どうでも宜しくないから聞いてるんだが」

「それよりも……っく」

言いかけた途端、ジェイドの顔が歪む。
その僅かに現れた表情は――――苦悶。
瞬時にそれを読み取った俺は、顔色を変えて旦那へと駆け寄る。
体勢の面白さはともかくとして、ジェイドがどういう状態なのかを探らきゃあならない。
…何かがあって、ジェイドは動けないのだろう。
逃げ出そうとしていた自分を叱咤しながら、俺は旦那の次の言葉を待った。

「………を」

「うん?」

「……水を」

「飲みたいのか?」

「……そこの、なかに」

不可解な指示だった。
てっきり、水を飲みたい、だとかそういう言葉だと思ったのに、一体何を――――と視線の先を見やって。
そして俺は、固まった。

「………それからそこの三番目の引き出しから豆を。ミルはすぐ隣の棚に」

「………薬とかじゃないのかよ………」

ジェイドの旦那が水を入れるように、と指示したのは――――なんとまぁ、コーヒーを淹れる器具、だった。
薬を飲むにしても、コーヒーなんて飲み物は適しているとはいえない。
しかし、そう指摘したくとも、旦那がそう指示するのだから、従わない訳にもいかない。

「……わかったよ」

きつい視線が浴びせられるのを感じて、俺は観念したようにそう言うと、指示された通りの引き出しを開けて豆を取り出し、隣の棚からミルを出した。
そしてゴリゴリと音を立てながら豆を挽き、ゆっくりと温まっていく水の下にセットされている豆を入れるフィルター部分に挽き終わった豆を突っ込む。
その更に下にガラスポットをセットして…とりあえずこれで準備は終わった、と一息ついた。
すると、まだ同じ体勢のまま、動く兆しの見えないジェイドが、顔を少し横にして眺めているのが目に入って―――そして、それとばっちり目が合ってしまう。

「…あと」

「……なんだよ」

「ミルが置いてあった棚のすぐ下にある引き出しを」

「開けて、あるもの出せばいいのか?」

指示を聞く前に、俺は半ば自棄気味に引き出しを開けた。

「――――――」

開けてすぐに目に入ったのは、いわゆる角砂糖だった。
おそらくはコーヒーに入れるつもりなのだろう――――それはすぐに納得がいったのだが、そのストックの量に絶句した。
一袋ならわかるんだが…その三倍以上の数が、その棚の中にはしまわれている。

(まぁ…多分、買いだめしてるんだろ、う)

勝手にそう判断することにして、俺は何事もなかったかのようにストックされている袋入りのものは無視して、瓶詰めされている角砂糖を取り出して、机の上に置く。
茶の準備なら、ファブレ家の屋敷でも幾度となくこなしてきた。
ただのそうした雑務だと認識して、旦那の頼まれ事だなんて事は頭から排除して、俺はとりあえずコーヒーがある程度抽出されたのを確認すると、ミルの傍においてあったカップに注いでやった。
我ながら、鮮やかな手並みだ。
…と、誰も褒めてくれる人がいないからと自賛してみたが、むなしかったのですぐに止めた。

「……」

ジェイドは、目の前に置かれたコーヒーをしばらく見ていた。
何か気に入らない事でもあったのだろうか。
…と思えば。

「生クリームを用意してください」

「…………は?」

ミルクじゃなくてか?という疑問がもたげたが、ジェイドの旦那の真剣な表情に、その言葉は喉から出る寸前で、留まった。
そういえば…ミルクを用意していなかったな、と準備し終えてから思ったが、すぐに「旦那は使わないかもしれないな」と思って、用意しなかったんだった。
コーヒーに入れるミルクがない。
それは分かるんだが……、なぜ生クリーム…
しかし悲しいかな、俺は疑問に思いつつも体が先に反射的に指示に従ってしまって、そうしたものがありそうな場所を探っていた。
と、すぐに白い陶器の小瓶に入った生クリームらしきものを発見し、すぐに俺はそれを角砂糖の横へと置いてやった。
すると、旦那はむくりと起き上がり、まず砂糖を五つほど入れる。
それからかちゃかちゃとスプーンをかき回し、それが十分溶けたか否かというタイミングで、生クリームをたっぷりと中へと流し込んだ。
その所作は異様に手早い―――――というか焦っている風にも見えて、俺はどう反応していいか分からず、ただその様子を眺めることしかできない。
そして出来上がった、もはやコーヒーとは香りばかりとなった液体を…旦那は一口すすり、その後二口、三口と矢次早に飲んだかと思うと、カップを置いてひとつ息をついた。

「………だ、旦那?」

ようやくまともに顔を上げたジェイドに、俺は恐る恐る声をかけてみる。
すると、いつもの…とまでは言いがたいが、先ほどよりもましな表情の旦那が、に、と不敵に笑ってみせた。

「いやぁ、見苦しい所をお見せしてしまいました」

「見苦しい…って、アンタ、さっきまで」

「嫌ですねぇ、私が体調不良で倒れるとでも? …そんな事、この三十五年、一度としてありませんよ」

すっかりいつもの調子なジェイドにごまかされそうになったが、しかしその顔色はあまり優れない。
それをすぐに見抜いた俺は、渋い顔を作ってみせた。

「だが、実際調子悪そうだったじゃないか。大丈夫なのか?」

俺の言葉に、ジェイドは一瞬虚を突かれたかのような、呆けた顔をした。
何を言われたのか分からなかったのだろう。
だがすぐに思い当たったのか、また笑うと、

「これは…ただの頭痛です」

「頭痛って、どこか悪いんじゃないのか!?」

「ですから、ただのカフェイン不足ですよ」

カフェイン…?
聞きなれない言葉に、俺は鸚鵡返しに尋ね返した。
すると、今度は俺の言動が面白かったのかおかしかったのか、弾かれたようにジェイドは声に出して笑い始めてしまう。
その笑い声も、まるで計算され尽くしたかのように単調なものだったけれど、笑うことそれ自体が珍しくて、俺は自分が笑われている事も忘れて、思わずじっと見てしまった。

「―――――若い、そして仕事に追われてコーヒーなどのお世話になる事のない貴方には、馴染みのない言葉でしょうね」

「……コーヒーに、そのカフェインってのが入っているのか?」

「ええ、そうです。紅茶などにも含まれてはいますが―――私はコーヒーの方を好んでいます。これらに含まれているカフェインという成分は覚醒作用があるので、仕事中には頻繁に飲むんですよ」

コーヒーを飲むと眠れない―――という話はよく聞いたことがあった。
だがそれがカフェインなんていう成分によるものだとまでは知らなくて、俺は目を丸くした。

「ですが、仕事が詰まっているとはいえ、マグカップに五杯も十杯も飲むのは体には良くない――――と陛下と言い合いになりまして。ならば飲まずにやってみましょう、という事になったのです。その結果が、これですよ」

苦笑して、ジェイドはこれ、とコーヒーの入ったカップをあげて見せた。
結局、耐え切れずに眠りかけていた……という事なのだろうか?
しかし、あの様子は、どう見たって決して眠そうには見えなかったが――――?

「カフェイン中毒で、頭痛が起きました。私も飲み始めてからコーヒー断ちをしたのは初めての事でしたので……まさかここまでひどいものだとは思いもしませんでしたが」

言いながら肩をすくめるあたり、真実なのだろう。
言葉の調子からはそうした雰囲気が感じられて、俺はなんて反応したらいいのか分からなくなる。

「それにしても……完膚なきまでに、負けましたね」

旦那にしては珍しく、ひどく悔しそうな声音で告げるが―――俺からすればたまったものじゃない。
なんていうか、心臓に悪い。
それに、見張りというか……フリングス少将に始まり、第三師団所属の兵士、俺ですら心配させてくれやがって。
事の始まりは健康の為(?)という名目の陛下とのやりとりだったとはいえ――――俺からすれば、しれっとそう言われる事それ自体が気に入らない。

「あのなぁ、旦那!」

気がつけば、俺は声をあげていた。
一体、このおっさんはどれだけ人に心配をかければ分かるのだろう。
というか、今回心配かけさせたって事を分かっているのかいないのか。
少将の口ぶりから推察するに、コーヒーのことがなくても、普段からこうして密かに皆から心配されるような仕事ぶりを見せていたのだろう。
それを今回体感させられたことで、俺も頭に血が昇っちまっていた。

「あんた、今回の騒ぎでどれだけ心配かけさせたと――――」

「そうでしょうね。」

「!ならッ」

「しかし、全部陛下の手の上で踊らされたような感じで、非常に私自身、不愉快です」

「………………不愉快なのはこっちだって」

心外だ、という風に言うこのおっさんは、やはり分かっていない。
俺だって自分でも驚くくらい、心配したんだ。
手伝おうかと言ったのに逆に迷惑そうに凄まれても、こうしてもう一度見に行っちまうくらい、心配したんだぞ…?
そんな事を考えながらジェイドを見ていたら、ため息混じりに旦那はつぶやいた。

「……こうしてガイがやって来たのも、不愉快なのですよ」

「!それはどういう――――」

「まぁ、最後まで聞きなさい。………私は、コーヒーの件のついでに、別件でも陛下と賭けをしたのです」

つかみかかりそうになった俺を宥めるように苦笑して、ジェイドは至極冷静な声で告げる。
そのすました風な、冷静な態度がいただけない。
怒り心頭、というのがそのまま現れているであろう俺を見ながら、自分の態度が余計俺を怒らせているのを分かった上でなのだろう――――それでもジェイドは態度を変えることをしない。

「コーヒーを断つ事は…まぁ、ものの弾みでしたが。最初は貴方に関する賭けだったのですよ。『ガイラルディアが、誰にでも世話を焼くのか』と」

「……なんだそりゃ」

「……私やフリングス少将とは交流がある訳ですから、私や少将を対象にしても、見かければ世話くらい焼くでしょう、と言ったのですがね。私は特別だと仰ったのです、あの馬鹿陛下は」

まったくもって信じられない、とばかりにため息をついて、ジェイドはカップに残っていたコーヒーの香りがする液体をぐっと飲み干す。
そして無言でそれを俺の手の届くところに置いたもんだから、俺は反射的にそのカップを手にとって、ポットから新しくコーヒーを注いでしまう。
それからジェイドがカップに手を伸ばすより先に、先ほどジェイドがやっていたのと同じように、角砂糖を四つ入れて、混ぜ、生クリームを溶かしこむ。
ルークの破天荒なテーブルマナーだって見てきたのだ、この程度の破滅的飲料なら俺は驚かないし動じない。
だが俺のこの行動に何か問題でもあったのだろうか―――――ジェイドは俺の手元を見たまま、暫時、微動だにしなかった。

「―――――…旦那?」

「……ああ、やはり陛下の勝ちですか。全く」

「だから、どういう勝敗の決し方なんだよそれ」

文句を言いながら、俺はそのカップを旦那の手に届きやすい場所に、音を立てないように静かに置く。
俺が混ぜたから、ソーサーにはもうスプーンは置いていない。
それを逡巡の後にとると、ジェイドは無言でそれを飲んだ。
なんだ、文句はないんじゃないか。
ていうか、世話は焼くが特に誰が相手だとか誰が特別だとか、意識している訳じゃあない。
そのせいだろう、陛下の賭けの意図も意味も、俺にはいまいちよく分からなかった。

「―――――で?アンタが賭けをしていたことは分かったが、心配かけたって謝罪はないのか?」

「…………心配、とは」

「陛下が事前に手を回してはいたようだがな、アンタは仕事を詰め込み過ぎだ!!少将に始まり、部下…っつか見張りまで、アンタが倒れたんじゃないかって慌ててたんだぞ」

「しかし、私は」

「無理をしているつもりはない…って言うつもりか。コーヒー断ちで仕事続行してぶっ倒れそうになって、それでも言うか?」

「……………」

さすがに大人しくなった旦那を前に、俺はまくしたてるようだった語調を少し緩めて、

「なぁ、俺だって心配してたんだぞ?――――頼むから、少しくらい頼ってくれ」

言い切ると、旦那は俺をじっと見て――――それからまた、コーヒーを一口。
そしてかちゃり、と音を立ててソーサーに戻す。
味に文句はないのだろう、妙に満足げな表情に見えるのは―――俺の気のせいなのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら旦那の様子を観察していたら、唐突に旦那はこっちを見た。

「コーヒー。…今のように、少将にも入れますか?私が入れていたのを見て、カップが空いたのを見計らって、同じように入れますか?」

「………えっと」

それはさすがに答えに詰まった。

「それから、貴方は先日勝手に私の仮眠室の掃除とソファーカバーの洗濯をしましたね」

「あぁ…ホコリっぽかったから、つい」

「あと、インク壷に新しくインクを追加しておいたのも、貴方ですか」

「そうだが」

「…………では」

「―――――こないだアンタがうたた寝してたのを最初に見つけて、毛布かけたのも俺だ。」

だって、見つけちまったから、そのまま放ってはいけないだろうよ。
確認のように続く質問に、俺は全部答えてやる。
俺にとってはとにかく、そんな些細な事よりも、旦那の不摂生と周囲へ心配をかけた事に対する怒りが最優先だった。
だがしかし、ジェイドの旦那にとっては俺の言った事の方が問題だったらしい。

「………、私が先ほど言ったこと、覚えていないでしょう」

「陛下と賭けをしたんだろう?俺が誰にでも世話焼くのかって。ごらんの通り、性分で――――」

「性分で、私の部屋にばかり押しかけるのですか、貴方は」

「!」

そこまで言われてようやく、俺は旦那が呆けている理由に思い当たってしまった。
そうだ、俺は全部自分から今、言っちまったじゃないか。

「フリングス少将や陛下には、仕事以外ではそうしたことはしないでしょうに―――――ああ、やはり陛下との賭けは負けだ」

「………」

また、ぐいっと一気にコーヒー的液体を飲み干したジェイドの喉を見ながら、俺は何も言い返せずに黙るしかなかった。

「私はほとんど、貴方に雑務を要求したことはありませんから」

あの陛下のように、と付け足してから、ジェイドはカップを乱暴にソーサーに戻す。
そしてそのカップにまたコーヒーを注ごうと伸びた自分の腕を見て――――俺は確信してしまった。
これは…この行動は、全部無意識だった、と。


確かに、他の人間よりも雑務を頼まれてはいたが、他の、旦那と同じ階級であろう軍人より、ジェイドが頼む雑務の量は少ない。
一見人がよさそうで、あまり他人に仕事を手伝わせるのをよしとしなさそうなフリングス少将でさえ、俺の手伝いをありがたがって、色々と頼むのだ――――それだけでも、ジェイドがどれだけ一人で頑張り過ぎているのか、推し量れるというもの。

「……負けたくなくて、貴方を入室禁止にしたというのに。それでも入ってくるし……全く、貴方には困ったものです」

「それは、陛下が許可を」

「…………やはりあの馬鹿の仕業でしたか」

ち、という音が聞こえてきたかと思うと、今度はじろ、とこちらをにらみつけてくる。

「―――――だが賭けは知らなかったぞ。心配だったのは……俺の、本心だ」

「…………………………」

「だからジェイド、少しくらいは俺に手伝わせろよ」

緩むことのないその視線は、ちくちくと痛む。
だけど、人の後押しがあったとはいえ、俺が言った事は真実…本当のことだ。
これは、譲れない。
一般的にこういう感情がなんていうものなのか、俺にはよく分からないが――――とりあえず、心配で、目が離せない。
それだけだ。
今はそんなことに思索を巡らせるより、どう旦那を宥めて仕事量を軽くするかの方が重要だ。

「大体、時計も見てみろよ。就業時間規定、軍にだってあるんだろう?……九時も半分回って―――外の兵の数も随分少なくなってるみたいじゃないか」

ちら、と部屋に置かれている時計を見てから、自分も驚きながら俺はそう告げた。
少将も大概仕事熱心で、それに長いこと付き合っていた俺も心底馬鹿がつくくらいのお人よしかもしれないが
――――…ジェイドはそれに輪をかけて、仕事熱心…というより仕事馬鹿だ。
こういうのを、ワーカ・ホリック…仕事の虫、とかいったか。
なるほど、今がこの時間なら、軍本部に兵がまばらな訳だ。
あれだけ人が少なかったのは、こんな時間だったからなのだろう。

「―――――…ガイ」

「なんだよ。」

「……非常に不愉快ですが、手伝いなさい」

指先でくい、とカップとソーサーを押しのけると、不機嫌そのものの物言いで、ジェイドはようやく手伝いを『許可』した。
もともと使用人だった俺には慣れた言われ方だが…なんか、このおっさんに限り、素直じゃない態度だと思えて、少しむっとなる。
単に賭けに負けたのが不愉快なのか、俺が陛下の予測どおりにやって来たのが不愉快なのか、それとも俺が本気で心配したのが不愉快なのか。
旦那程難しい思考回路は持っていない俺にとっては分からないが―――――とりあえず、手伝えば少しは気が治まるだろう、と思うことにして、黙ってその『許可』を『ありがたく』甘受する事にしてやった。


何もかもが面白くないおっさんだが、だからといって放っておく事もできないのだ。
でも、そんな旦那が俺を頼るっていうのは、実は悪い気分じゃなかったりする。
それがどうしてなのか、俺にも分からないけど。


いや―――――答えはきっと、互いに既に見つかっているんだが、それはあえて考えないことにしただけだ。
旦那が特別だなんて、俺が口にしたら……俺は今度こそ、旦那に永久締め出しを食らうだろうから。









++++++++++++++++++++++++++++++

ガイを書くとかなりの確率で一人称になるのですごい不思議でしたこの時期。

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